文 字 講 義 1
民法の学習を初めてされる方にとって専門用語を理解することは大変だと思います。民法の原理原則等についても初めは「チンプンカンプン」だったと言われる方がおられます。少しばかり深入りした学習で、丸覚え学習を理解学習に変えることができれば、後の学習スピードと効率に大きな差が出てきます。分かりにくい用語も、他の用語と関連させて理解していくことが大切です。ご自身のテキストを読まれる際の参考にしていただければと思います。また民法全体をある程度学習し終ってから、問題を解きながら繰り返し学習し理解を深めていただければと思います。不備な記述は、気づき次第あるいは指摘があり次第訂正せていただきます。指摘点・疑問点等あれば、メールしてください。
民法の基本原理・原則
まず、権利関係の基本テキストの初めに必ず記載のある民法の基本原理・原則についてです。直接本試験の点数には結びつかないでしょうが、テキストを読み進めるうえで、行間にあてはめて考えることにより理解のきっかけにしてください。
それでは自力救済の禁止から始めます。民法を含め全ての法律の特徴の一つは国家権力による強制があることです。税金を払ったり、罰金を払わされたりするのは法律(国家権力)によりますよね。
民法上の権利も相手方が任意に義務を履行してくれない場合は、泣き寝入りするか、裁判所で権利を確認してもらうかです(私的自治)。裁判で勝訴して権利が確認されても相手方が任意に履行してくれない場合は、民法414条(新設条文)にあるとおり債権者は、民事執行法その他強制執行の手続に関する法令の規定に従い 、代替執行、間接強制その他の方法による履行の強制を裁判所に請求して権利の内容を実現してもらいます。もちろん履行の強制を裁判所に請求するかしないかは、本人の自由です(私的自治)。権利があっても、また裁判で権利が確認されても債務者が任意に履行しない場合は、債権者が自らの手で権利内容を実現することは、禁じられています(自力救済の禁止)。なぜなら自力救済が許されるとすると、債務者の言分が無視されたり、権利があるかないかが分からない状態で一方的強制があったり、権利は確認されたが、その権利以上の不当な強制がされる可能性があるからです。これでは力の強いもの勝ちとなり、世の中が無法状態になってしまうからです。もちろん刑法の犯罪に該当し、御用となることもあるでしょう。
自力救済の禁止を基にした規定は民法の各所に出てきますが、上記の民法414条(裁判所に請求できるということは、自分ではできない)・民法180条以下の占有権(特に民法197条から202条までの占有訴権は自力救済の禁止を前提とした規定)がその代表です。占有権も分かりにくい権利です。でも試験にもよく出題される取得時効の攻略にはそこそこの理解が必要です。そうでないと覚えては忘れ覚えては忘れの繰り返しとなってしまいます。詳しくは取得時効のところで説明します。
次は私的自治の原則についてです。自力救済のところにあった(私的自治)です。
私的自治の原則は有斐閣の法律学小辞典には、「近代社会においては、個人はそれぞれ自由・平等であるとされているが、そのような個人を拘束し、権利関係をなりたたせるものは、それぞれの意思であるとする考え方」とあります。この考え方は、個人は自分の意思以外国家にも他人にも拘束されないのを原則とすることを意味します。契約自由の原則は、私的自治の原則の契約面の表れです。契約自由の原則は民法制定以来120年の間に社会の変化に伴い、数々の特別法の制定により修正されていますが特別法はあくまで例外です。個人の意思を尊重するという考え方(私的自治の原則)は、民法だけでなく他の法律の中においても様々な箇所で顔を出します。
次は過失責任主義についてです。過失責任の原則は、損害の発生につき、故意過失がある場合だけ損害賠償責任を負うという原則です。この原則は個人の自由な活動を保障するためのものです。注意して行動すれば、損害が発生しても責任を問われないということです。民法709条もこの主義をとっています。しかし、公害・交通事故等社会の発展に伴う危険については、被害者に十分な救済をもたらさなくなり、無過失責任主義をとる立法が増えています。
民法総則の用語
民法の用語は分りにくいです。普段あまり聞きなれないし、初めはチンプンカンプンの方が多いのではと思います。でも試験には出題されるので覚えないわけにはいきません。上述の私的自治の原則に絡めて理解し、覚えていくのが早道かと思います。用語も含め、民法が 分かりにくい理由について(法学書院 後藤 巻則著条文で読む民法P3)に次のような記述があります。「日本の民法は、法典編纂方式としてパンデクテン方式を採用している。パンデクテン方式は、類似した制度を集めて共通規定をつくり、さらにその共通規定のうえにより高次の共通規定ををつくる(因数分解のように共通規定をつくり前にくくり出す)という特徴をもっている。この方式には、条文の重複を避けることができるなどのメリットがあるが、実際の生活事実から離れ、民法をわかりにくくしている面がある。たとえば、売買契約に関する紛争が生じた場合、売買の成立や効力については、債権の総則の部分と契約の部分、さらには、総則編の法律行為の部分などが関係し、売買による所有権の移転については物権編の総則の部分などが関係するので、統一的把握が困難である。 」
まず民法第3条の2(新設条文)の意思能力ですが、そもそも意思能力を有しないということは、意思がないということですから、私的自治の原則から無効という効果は当然に導きだされますよね。
民法4条から21条までの行為能力も分かりにくいですよね。
民法は自由競争を認めています。法学書院後藤 巻則著条文で読む民法P238に次のような記述があります。
「私的自治の原則は、契約の場面で、契約自由の原則として現われる。これは、人が自分の意思に基づいて、自由に契約を締結し、社会生活を処理することを認めるものであり、封建制による個人の活動の拘束を打破し、資本主義社会における自由競争を保障する働きをする」
民法の条文にはズバリは書いてはないですが、自由競争を前提とした規定が存在します。もちろん無制限に自由競争を認めるのではありません。上記の過失責任の原則・民法の強行規定・独占禁止法等の特別法等で制限されます。
民法の想定する標準的「人」とは、生身の人間なら20(18)歳以上で事理を弁識しうる能力を備えた人(4条・5条・7条・11条・15条)です。要するに経済取引ができる判断能力を備えた人です。他に民法上の人として33条以下の法人があります。上記のように民法は自由競争を容認する一方で、制限行為能力者とされる通常人より判断能力の劣る未成年者・成年被後見人・被保佐人・被補助人については、自由競争の犠牲にならないよう制限行為能力制度で保護(主に財産の保護)しています。
意思能力があるかないかは、いつ誰にでもいえることです。0歳のあかちゃんは、24時間意思能力はないでしょうし、ふつうの大人は起きているときは意思能力があるでしょうが、泥酔しているときとか熟睡しているときは意思能力はありません。意思能力は100%あるかないかです。
これに対して行為能力は未成年者については満20(18)歳未満の年齢で画一的に、成年被後見人・被保佐人・被補助人については、家庭裁判所の審判を受け事理弁識能力の度合いで段階的に一人でできる行為を制限し,同意・追認・代理・取消により保護を図ってます。
また民法93条心理留保・94条虚偽表示・95条錯誤・96条詐欺については、第三者保護規定がありますが、制限行為能力者の行為については第三者保護規定がありません。これは、制限行為能力を理由に行為が取り消されたとして先の第三者保護規定が適用されるとすると制限行為能力者の財産は取り返せなくなり、保護に欠けるからです。そうでしょう。汚いやり方で財産(物)を手に入れたやつは、できるだけ早く第三者に譲渡してお金に変えてしまうでしょうから・・・・。 第三者保護規定は取引の安全を図る規定の典型です。それにも勝る保護を制限行為能力制度はしています。民法が如何に個人の意思を尊重しているかが伺えます。民法は人の意思に関わる規定をいたるところに置いてます。善意・悪意・故意・過失・同一の注意・善良な管理者の注意とかです。これらの用語(文言)の定義と意味は押さえておきましょう。例えば善意と悪意ですが、善意は知らないとか認識がないから保護されるということですよね(取引の安全)。悪意は知ってるとか認識があるということで、決して悪者ではないですよね。例えばBがAを詐欺して手に入れた物を、Cが詐欺の事実を知りながらBから安く譲り受けた場合、Aが困るのではないかとか、Aは詐欺されたから取り返しにくるかもしれないということは、Cとしては予見できたはずです。それなのに敢えて(いわば緩やかな規範に直面したにもかかわらず)譲り受けたから保護されないということです。民法177条の第三者は悪意でも対抗要件である登記を備えれば保護されます。何が違うか考えてみてください。
意思能力・行為能力については、用語を対比しながら異同を確認し全部の用語を一度で理解記憶し、問題演習で応用力を付けてください。基本テキストには必ず行為能力の一覧表がありますので、表に項目を追加するなどの工夫をして事後の反復学習に役立ててください。表を丸暗記する必要はありません。頭の中で自分の言葉で人に説明できるようにしましょう。そして説明できないとき・自信がないときは、表・条文・参考書で学習し、人に説明できるようにして下さい。行為能力については、宅建業法にも数か所規定があります。宅建業法を学習するときも必ず民法の該当箇所に立ち返り学習できるようにリンクを作成して下さい。そして次回民法を学習するときは、業法の該当部分も同時に学習しましょう(科目間項目リンク)。
民法33条乃至37条の法人については、その他の法律(特に会社法)に規定があり、試験で直接問われることは少ないとは思いますが、民法を学習する上で気にかかることを少し書いておきます。
法人の典型は株式会社です。民法において私人間の取引という場合、私たち生身の人間(自然人)と法人との取引も当然含まれます。そして民法の規定の中には法人とか商売人のために作られたような規定(一般人が頻繁には使わない規定)があります。根抵当・保証・債権譲渡・定型約款等です。これらの民法の規定は、長文で法技術的な面が多いため理解するのに苦労すると思います。典型事例に当てはめ理解を進めるのがよいと思います。理解を助ける図表の作成方法は、その都度説明します。
この辺でちょっとまとめておきます。
今まで述べた原理原則の中で中心にあるのは、私的自治の原則です。民法3条の2の意思能力は当事者の意思を尊重すると民法の冒頭で述べています。この規定は今回の大改正で新設されましたが、民法制定当初より当然のこととして規定されていませんでした。過失責任の原則は私的自治の範囲を限定するものとも言えますし、自力救済の禁止は社会の秩序維持から私的自治を制限している(権利はあるのに自分では実現できない)とも言えます。意思能力と制限行為能力は、判断能力の劣るものを保護するため私的自治に制限を加えたり、補充したりしています。